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家を手放してちょうど1年

去年のこの日
札幌の持ち家(マンション)をすっきり掃除して手放した日でした。 

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音楽ホールや防音室、地下車庫が付いていて
これ以上のマンションとはたぶん今後出会えないだろうと思えたので
自分たちの人生の中での”持ちマンション暮らし”というものに十分満足し
次のコンパクトな暮らしに向けて気持ち良くお別れできた日でありました。 

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20代でまず一戸建てを持つという目標を神奈川で果たしたとき
これでずっとここに暮らしていくもんだと思ってた。
だけど3年後にアメリカ勤務になって
自分たちはアメリカの賃貸アパートや賃貸一戸建てに暮らしながら、神奈川の家を人に貸すという展開になり
持ち家っていったいなんだろう?と思うようになりました。
それでも
アメリカ勤務が終わればまた神奈川のマイホームに戻ればいいとまだ思えてた。
ところが子供はどんどん成長していき
アメリカでなじんだ感覚はもう神奈川のもとの環境に戻せなくなっていた。親の方も。
結局、マイホームなんてどうでもよくなり仕事もやめて
ぽーんと北海道へと移住しました。それでも家はまだ人に貸し続けながら。
 

北海道での賃貸暮らし&神奈川の一戸建てのローンの支払いは
家計を追い詰めました。
ここまでくるともう
神奈川の持ち家は自分ちという感覚もなくなってくる。
ただのお荷物です。
10 年目に売れたときは心底ほっとしました。がこれでもう本州には帰る場所がどこにもなくなった、北海道で骨をうずめるんだな、と
覚悟しました。
と同時に
子供達にとっての”実家”がどこにもないんだなと気づいてしまった。
それで
小中高と過ごすことになる札幌で根をおろそうと決め、縁あってこのマンションを買いました。
これで札幌市民として親のほうも子供も根付いていくんだろうなと思ってた。
ただ
身内が誰もいない北海道で、親になにかあったとき、子供達はどこに助けを求められるのかとか
私たちは自分用に墓を買っといたほうがいいんだろうか、散骨の手続きしとくべきかとか、なんだかそういう心配は常についてまわってた。

でも
長男が道外の大学やアメリカの大学に留学したり
次男も東京の学校に進学を希望したり
夫勤務の会社の経営が悪化したり
そのうち長男は東京で就職という話にもなり
夫の転職先は富山と決まり
どう考えても
北海道に拠点をおくのは効率が悪すぎる状況になって
2軒目の持ち家も手放すことに。

そして今
小さな賃貸アパートに夫婦ふたりで暮らしています。
もし札幌のマンションに今夫婦ふたりだと
広すぎだしローンも固定資産税も高い。
今は
ふたり用の家賃、ふたり分の電気代、水道代、ガス代、食費その他だけを支払い
小さな茶の間でコンパクトに暮らせてるのがちょうどいい感じ。
今だからわかったことだけど
人生はそのときどきで家族の状況は変わっていくから
あまりはやいうちにビッグな持ち家は持つもんじゃない。
家族にあわせてフットワーク軽く動くために、子供が独立するまでは賃貸を棲みわけていくという方法もありだった。
この25年間で払い続けてきた固定資産税、貯金してたらどんだけになったろう、それこそ
夫婦ふたりになったときのゆとり分にまわせたなぁと思うのです。
子供達の”実家”は
結局
『親がいる場所ならどこでも』とわかったのも
ここに住み始めてからでした。


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by yukari  at 11:13
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