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苦労は買ってでも、とはいうけど

昨日は珍しく長男が夕方には帰宅できてたので
久しぶりにジンギスカンをホットプレートで。
味付き肉を焼いてまわりにたまねぎともやしたっぷり置いて。
肉もおいしいけど、味がしみて焼けてくるたまねぎともやしがまたおいしいよね〜。
味付き肉の汁だけ&たまねぎもやし焼き、でも、あたしゃOK なくらいだよ。

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で、昨夜は時間もあったから、長男がぽろっとつぶやいたことをきっかけに少し2人で話しをしてた。
長男はまぁマイペースな部分はあるけど、この高校には1年生から入学してはやもうあと半年で卒業。
部活にも入ってるし、友達もそれなりにできて、楽しく高校生活を送ってるんだと思ってた。
でも、あたしと同じ、心の中には根深い悩みをあいかわらず抱えていたようだ。

もともとここが地元、生まれも育ちも北海道、というわけじゃない私たち。
でも気にいってるからこれから先ずっとここが地元ということになればいいと覚悟を決めて居場所を確保した。
北海道に7年も住めば、息子たちは北海道弁も話す。
大人になってから来た親たちより、子どものうちに来た息子たちのほうがやっぱり
なじむのははやいな、毎日学校という居場所もあって、毎日顔あわす仲間もいて、うらやましいと思ってた。でも、
北海道の中で素朴に18年そだった子たちと同じように無邪気にふるまえるかといえば、
息子たちは小さいときから引っ越しが多かったから年のわりにけっこう苦労人だ。同年代より少しいろんなことを知りすぎたのかもしれない。


行く先ざきの様子を見て、それまでの環境とはちがうことを感じ取って、
けっこう自分の中のそれまでの価値観を押し殺しつつ、
今いる場所の仲間にうまくとけこめるようにと、どちらかといえばけっこう遠慮がちに我をはらずに過ごしてきたんだと思う。
我をはらずにいたから、同年代の仲間から見ても毒のない無難な存在だったんじゃないかな、ずっと。
でもそういう過ごし方をしてきたから、思ったことを無邪気に主張したり仲間に甘えたり愚痴言ったりはめ外したり、
日本の高校生男子なら普通にやりそうなことを、息子はできなくなってるようだ。
なにかひとつ、解決しなきゃの悩みがあっても、身近な友達ひとりにぽろっと相談して、反応がいまいちだと、
あとは自分でどうにか解決しなきゃと抱え込んでしまう。
そうじゃなくて、その人に言っていまいちだったら、他にも別の人に頼って相談してみればいい、そういうふうに
まわりに頼ることで、頼られたほうも、じゃあこうしたらいいんじゃない?って少し力になってくれるはずだよ...とは言ったが、
でもそういうことをやるには、北海道育ちの仲間たちにいまひとつなじみきれてない自分をどうしても実感してしまうんだと言う。

どういうときにそう思うの?
「クラスでバーバキューしてたとき、先に行ってたみんなが敷物の上であぐらかいて座ってて、ぼくに「座りなよ」って声かかったんだけど、特に深く考えずになんとなくそのままそのそばでしゃがんでしゃべってたら、「やっぱりアメリカ帰りだから」って言われたんだ」

へ?そんなことで?

「まぁそんな感じで、ところどころ、いろんな場面で「アメリカ帰りだからな」っていうのはよく言われる」

へぇ〜...8年も経ってんのにねぇ...あんた、よっぽどマイペースなんじゃないの?

「でもそう言われると、やっぱり北海道で生まれ育ったみんなとはわいわいやりきれてない自分を実感するんだよ」

そうか。ま、個人主義のアメリカだったらそんなことでいちいち言われたりはしないだろう。同じように行動しないとそう言われちゃうのは、北海道に限らず日本独特のことなんじゃないのかなとも思うけど。ま、でも、それは言われたくはないわねぇ。

かといって、じゃあ神奈川の湘南だったらどうかといえば、小学2年までしかいなかったんだからあそこも今なじめるとは思えない。
じゃあアメリカだったら?あそこも3年弱しかいれなかったから、当時の友達とはすでに接点もなくなってる。
でもあのときは慣れない国に来てる日本人同士ということですごく仲良くなれたからまだ楽しかったと。
石狩は?小学校最後の年かかわったクラスメートとはその後バラバラで接点もない。
中学で途中まで一緒だった仲間も引っ越してからは接点がない。
つまり、中3から合流した今の友達とは、同じ高校に入った友達ともまだほんの3年半ほどのつきあいにしかなってない。
幼稚園から小学校、中学、さらには高校まで同じ、という人たちも多い中、
ほんの3年半の自分はとけ込め具合もちがってあたりまえなんだけど、最近それがとても切ないんだそうだ。

「だから、大学はいろんな地方から集まってくるだろうから期待してるんだ。」

あたしは高校までずっと富山で過ごしたことで今もつながる幼なじみや友達が何人かいる。
息子には無難に仲良くできる友達がいるとしても、あたしのようにわいわいくだらない話、放課後にしたりし合うような
そういう友達は、環境の変化のせいで作りそこなったのかもしれない。
せっかく頑張って入った高校生活。一番楽しい時期だというのに、
忙しい部活の、それも部長を引き受けてしまったことも、気持ちを解放される時間も遊ぶチャンスも逃した気がする。
でもあたしはひとり、京都に行って、誰も知り合いのないところでサークルに入ったのをきっかけに
なんでも話せる友達が作れたから、息子も同じように、大学でそういう仲間から親友が作れたらいいよね。

「日本で仕事するとわかってる人がわざわざ英語をする必要もないんじゃないのかな。職人とかさ。技術磨くほうに時間かけたい人が英語の勉強することに時間さくのはなんかちょっとちがう気するし。」

息子は海外に出たいと今思うから自分から英語をやりたいと思ってるが、なんでもかんでも日本にいながらにして外ばかりに目を向けさせようとする日本の風潮に疑問を感じるんだと。

それは、自分で決めたこと以外でふりまわされたくなかった、ひとつの環境でじっくり落ち着いてたかった、幼なじみが欲しかった、そういう気持ちからそう思うのかも。息子の苦労は、親の仕事の都合をきっかけに無理矢理買わされた感じがあったからな...。

苦労した分いいこともあった。でもそういう苦労をしてない人はあんたと同じようないいことは体験してないかもしれない。
そう思うしかないんじゃないか?

あたしも外にでて苦労した分、報われる出来事はあったと思うから、どっちもどっちかもよ。
まぁそうは言っても、大人になってから自分から外に出たのとわけがちがうから、息子はたしかにかわいそうだったかも。

by yukari  at 10:37
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