自分のため 3
できるだけ安く旅をするために
食事なしの宿にした。なので朝食はどこかで...というときのために、
老舗喫茶店をいくつか書き出していて
たまたま宿のそばにそのうちのひとつがあった。
コーヒーとフレンチトーストで朝食。
前夜、ひとり晩ご飯のあと、街の中の別の老舗喫茶店に入った。
京都には学生時代の楽しかった思い出はあるけど、
いやな部分も知ってる。
昨夜、その喫茶店に入ったとき、ひさびさに京都のいやな部分を見た。残念だった。
だから、朝入ったこの喫茶店がとてもいい雰囲気だったのと、コーヒーもフレンチトーストもおいしかったのが
救いだった。
前日とはうってかわって朝から冷たい雨で
コンビニで傘を買い、七条方面へ向かった。
方向オンチのあたしは思った場所とは全然ちがうところに出てしまい、途中から軌道修正しながら歩いていて
ひとりの女性に声をかけられた。
「国立博物館に行きたいんですが、どう行けばいいですか?」
「そこのバス停から206に乗れば行けます。私もそっち方面に行こうと思ってます。」と答えたけど
自分の予定は博物館じゃなく、そのそばの母校への坂道、そして母校の学食。
当時380円の大学の学食の弁当が贅沢な気がして手がでないまま終わって、そのリベンジをしてやろうというのも
今回のくだらない目的のひとつだった。
だけどその人は、この展示会を見たいがために熊本から来た、と。
30年前、北のほうの芸術大学に通ってて、母と一緒に歩いた思い出がある、ほんとはまた母と来たかったけど数年前に母は亡くなってしまって、今回ひとりでたどりながら歩いてる、と事情を話しながら、あたしの目の前で涙した。
旅にはいろんな理由がある。
そこまでの展示会とはどんなもんなんだろう?
昨日博物館の前を通ったら40分待ちの行列で、なんなんだ?と思ってた。
せっかくなのでその人と一緒に急きょ博物館にも行ってみることにしたら
開館の10分前にしてすでに20分待ちの列ができてた。
『長谷川等伯展』
ここまで人が集まる理由も
そのあと実際に博物館に入り、
まったく無知のあたしはヘッドホンを借りて作品解説の声を聞きながら作品を見て、思い知らされたのだった。
富山にも縁があった絵師。42まで知らなかったなんて...。
母校への坂道は景色がちがって見えた。こんな柵、あったっけ?道こんなにせまかった...?
門のところで警備の人に呼び止められた。「あんた、なに?」
「卒業生です」と言っても
「ちゃんと見せてもらうもんないとあかんのや」としぶい顔され、
前はそんなことなかったのにと思いながらじゃあだめなのかと思ったら
「(あー面倒くさいという感じで、そっちの校舎に行きたいならもう行って、という感じで冷たく)行って!」とあごで言われた。
まさかここでまた、京都のいやな部分を実感させられるとは。
京都のおっちゃんたちは愛想がない。
言い方がきつい。京都でバイトしたときも言葉のきつさに心ぐさぐさになって続かなかった。
それを再び、このタイミングで。
あれだけ念願だった母校の学食にこんな思いしながらどうにか入ったのに、
あれだけ念願だった弁当を今見ても、まったく心ひかれなくなってた。
当時380円だったそれは今は400円になって、すぐ手が届くところにあるのに
あたしはもう買う気も失せて、残念な気持ちで坂を降りた。
少子化の影響で、あたしがいた学部も今はもうない。
あたしのいた時代も、かつての帰りたくなる空間もここにはもう残されてないんだと知った瞬間だった。