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はりつめた糸 そろそろ限界2

顔半分ガーゼで覆って、休むことなくバイトにも行ったし家事もこなした。
そのころには次男も真面目に机に向かうようになってちょっと受験生らしくなってきて
ようやく本腰入ったか?という雰囲気になったのも、見てて少し安心できたし、応援してやろうという気持ちになれて
こっちもバイトに頑張れた。
それが12月。

年がかわって
1月から
ようやく夫の仕事が安定。心の底からほっとした。とりあえず路頭に迷わずには済む。50歳の夫を拾ってくれた会社には感謝しかない。
だが収入激減でこれ以上のやりくりがもっと必要になった。
そしてそろそろ
家売却後の自分たちの住処と引っ越し業者を検討しなければならない時期。
ローンと固定資産税においまくられる人生でずっときて
もう心底疲れきってしまったから
古くてもいい、狭くてもいい、賃貸で気楽に暮らしたい。。。
仕事が冬休みに入り、唯一時間がとれるあたしがこっそりひとり出向いて(お兄ちゃんごめん。あの時そういうことだったんです。。。)
転職先の社長が紹介してくれた不動産屋さんが車で案内してくれた物件を2日がかりで10軒ほど見てまわった。
その時点では、夫の職場に近いとこ、の基準で、昭和な古い物件を第一希望にしていったん帰宅。 
引っ越し屋には
春の引っ越しONシーズンは引っ越し料金高いということでそのシーズン直前にすべりこめそうな日にちで予約しといた。
家、まだ決まってないけど。県名だけ伝えとく。
あれ?この展開、どこかで。。。
あぁ北海道移住のときもおんなじパターン。。。うちはいっつもこうしてバタバタになっちゃうんだ(涙)。
荷物減らせばもっと安くできるといわれて
減らします減らします、でソファー全部処分。本棚も。本も。DVDも。五月人形も。
冷蔵庫もオーブンも3月に処分します、と言って
見積もりは半額近くになった。
結果、
家具は食卓テーブル&椅子4脚、夫の机、息子の机、テレビ&テレビ台、三段ボックス2〜3個を残すのみ。
気がついたらあたしの家具はこれまでの引っ越しの積み重ねでもう1個も残ってない(涙)。

そして2月。
長男から夫に、『東京は敷金礼金高くて春から住むとこまだ決まんない』 という内容のメールがきたらしいが
ま、どうにかして、というしか。ちなみにバイトして引っ越し代も自分でまかなってもらうしか。
こっちも自分たちの住むとこ探してるとこなんだってば。
で、こっちは先日心の中で第一希望にしてた物件とネットで目星つけといたとこをいくつか
夫の出張の時についでに見に行ってもらい
その中で非常に悩みに悩み抜いてひとつにしぼって申し込み。そのときに入居審査書の
”緊急連絡先”として第三者のものが必要な状況になった。
保証人は保証会社たてるからいいとしても、これは。。。
それまで心配かけたくないから身内にはまったく状況を伝えてなかった。引っ越し全部終えて荷解きも終えて
落ち着いてしまってから『実はね』で親や兄たちに打ち明けようと思ってた。そのときになれば、さすがに驚くとはいえ、まぁとりあえず落ち着いたってことで
安心させられると思ったから。けど
書類上、人の名前を無断で書くわけにもいかず。。。こないだ了承得るためについに兄だけには伝えた。
でも、母にはまだ言わないで、と言ってある。心配しすぎて具合でも悪くされたら困るから。

合格してくれさえすれば。。。の願いむなしく
次男の大学受験は実を結ばず
その直後から専門学校でどうにか拾ってもらうべく
願書取り寄せ&書き込み、受験料振込、担任に頼んでまた調査書用意してもらいーの、高校まで受け取りに行きーの、速達で送りーの、の
バタバタ状態が昨日まで。
今後のスケジュールは週末ひとりで東京へ行き、試験と面接を受け、戻ったらすぐ高校の卒業式で
その2日後に合格発表、と。決まれば今度は次男のアパート探しに突入だ。
その一方でただいま出張中の夫は入居審査が無事通ったということですぐ入居契約をしに不動産屋へ行った。
これでどうにか夫とあたしの住処と入居予定だけは見通しついた。
そういえば
長男のほうはどうなったのかな?
気にはなりつつもまだこっちも次男のことが確定するまで気が抜けないから
うっかりなにか聞いてストレスたまるといやだし
向こうから連絡してくるまでやめとこう。。。

同じ春に
長男
次男
そして親(実家)もろとも
北海道から完全に離れ
同時に3軒
本州で
引っ越し先を探す展開になるなんて。
息子達に取っては
この、親の引っ越しで
子ども時代を過ごした実家というものが完全に消滅し
親がこれから住むアパートは実質『親が住んでるとこ』で、帰省も『親がいるとこに遊びに行く』といった感覚になるんだと思う。

夫の転職は
会社の経営破綻による、せっぱつまったバタバタの転職だった。
会社があやういことは4年前から感じてた。ボーナスが突然完全に0になったから。
けど夫は日々仕事に追いまくられてなかなか転職活動も本気でできなかった。
会社はまさに”ビンボーヒマ無し”のブラック企業と化していた。
そうなるとあたしがマイナスを補填するしかないと
当時3つバイトをかけもちする展開になった。それでも長男の大学がスタートしたことで公立とはいえ道外の大学、そしてアメリカへの留学もあって
出費の方が多く、まったくマイナスは埋まらなかった。
 

転職活動を隙間時間にやった時にはすでに夫も48歳49歳で、この年齢にもなるともう
IT業界での転職は難しくスムーズにいかなかった。札幌内では全滅で
札幌にこだわらず全国規模で転職活動するしかない、と思ったときに目がとまった求人が
今の会社だった。どんなに小さくてもこれからの夢が感じられる会社ということが救い。
さらに手取りが減ることになっても
今現在よりはあきらかに精神的に健全に過ごせそうだと思えた。
夫もそうだがあたしにとっても
精神的に体力的にこの北海道での11年間が過酷すぎた。
退職金がだせない会社というのは最初からわかってはいたけど
この11年、つらさにすぐ辞めて全然続かない若者だらけのこの会社で
徹夜作業までして有限会社から株式会社にまで成長を支えて来た夫の退職日に
すでに経営から退かされた元社長が自宅から夫に渡しにきた物は
たった1本の日本酒だった。
この時点で北海道とはもうお別れだなと。












 

by yukari  at 17:54
コメント
  1. うわ~怒涛の2015年ですね!
    お引っ越しされるとはビックリです!

    でも春に心機一転、
    新しい土地で新しい生活ですね。

    お引っ越し作業、断捨離を実践されたゆかりさんは楽に出来そうですね。
    とはいえ無理せずに頑張って下さい。

    by うりぼう  2015年2月24日 13:20
  2. 断捨離を半年かけて少しずつやってみてわかったことは
    日常ほんとに必要な物なんて
    わずかだということ。
    私のクローゼット、今ハンガーにかかってる服は
    上下10組。あとは下着とTシャツがひきだしに少し。
    でも減らして以降この3ヶ月ほど全然不自由ないんです。
    この年になると自分にとってラクで着心地のいい服を数枚ローテーションできれば
    日常は足りるんだなと実感しました。
    引っ越しは物を再確認できるという意味ではいい機会なんですよね。
    親が家に抱えすぎる物が多すぎて、子ども世代が処分に困ってるというのが今の社会問題だけど
    将来、たぶんうちの息子達は、親が物を持ってなさすぎて
    あっけにとられるんじゃないかと思います(笑)。

    by ゆかり  2015年2月24日 18:04
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